絵を書く前に
個人プロフィール

私には、絵描きになる前に統合失調症で入院した経験があります。
狭い閉鎖病棟を、外出許可を待ちながら壁から壁へと廊下を歩く毎日で、感じたことは、私の人生は終わった、というものでした。
何故そう思うのか、と自分に問うてみて、この考えは、教育によるものだと思いました。現代の教育には、少なくとも私の受けた教育には、病気になったときの立ち煽り方、家族や医療関係者との距離感のつかみ方、頼っていい物とそうでないものの違い、そうしたことは一切教わりません。
スウェーデンの社会科の教科書を読んだときに、自分が社会的に弱い立場になったときのことを、具体的にイメージし、何をする必要があるのかまで、詳しくかかれていました。
日本の社会はどこかおかしい。
社会的に日向にいないものに、なかったことにされるフィルターのようなものが、膜をはっている。
よく考えると、自分が人生がおわったのではなくて、自分の受けた教育の側に立って、自分がなかったことになっているために、「人生終わった」と考えたのです。
私が、知的障害や精神障害のある人達に対して、彼らは人生終わった側にいる、ともしかしたら考えていたからかもしれない。
このことに気づかせてくれた入院体験を、今は貴重な体験におもいます。
絵を描くときに、抑圧された人、制度からこぼれ落ちたひとのことを思い浮かべて描くことで、少しは自分のことも許せるし、社会のおかしさから目をそらさないでいられる。
このことに共感していただける方に、絵が届けば、それに超したことはありません。
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